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キャリアストーリー

研究職から本社の戦略企画部門へ。
従来の医薬品の枠を超えて、
人々の健康に貢献できる
新事業を創り出すことに挑戦中。

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キャリアストーリー

研究職から本社の戦略企画部門へ。
従来の医薬品の枠を超えて、
人々の健康に貢献できる
新事業を創り出すことに挑戦中。

Kyorin キョーリン製薬 RECRUIT

ENTRY
  • 相澤 加奈子
    KANAKO AIZAWA
  • グループ製品戦略統括部
    製品戦略グループ
  • 2005年入社
    ※掲載内容は取材当時のものです

CAREER STEPS

  • 2005年

    研究企画部門へ異動
    入社後は安全性研究所に配属。研究本部長との面談で将来挑戦したいことを伝えたところ、希望が受け入れられて3年目に本社の研究企画部門へ異動。2011年第一子を出産し、1年間の育児休暇取得後に復帰。
  • 2013年

    担当範囲が拡大
    将来を見据えた創薬戦略の企画立案を担当した後、2015年に第二子を出産。育児休暇を9か月間取得して復帰後、再び研究企画に従事し、自社が手がけていない新規の創薬技術の調査検討まで担当範囲を広げる。
  • 2019年

    新規事業・製品戦略の企画立案
    企画部門のなかでもキョーリングループ全体の戦略立案に関わるグループへ異動。現在は、従来の医薬品の枠を超え、再生医療も含めた健康・治療関連ソリューションの企画立案や新ビジネスの可能性検討にも挑戦中。

大学院で生命科学を専攻し、医療に関わる研究開発職を志してキョーリン製薬に入社した相澤。当初は研究所で新薬候補の安全性評価に携わっていたが、3年目に突然の辞令が下り、本社の研究企画部門へ。本人も驚く異動だったものの、キョーリン製薬の創薬の戦略を立案するという重要な役割を担い、その間、二人の子どもをもうけて育児と両立しながらキャリアを重ね、いまでは部門をリードする人材のひとりとして活躍している。

2007

研究部門のトップに伝えた
私の想いが、いきなり現実に。

転機が訪れたのは3年目。私は入社後、新薬候補となる化合物の安全性の評価に取り組んでいましたが、2年ほど経った頃、当時の研究本部長との面談で将来のキャリアの希望を聞かれ、その場で「将来的には安全性研究の枠を超えて創薬の全体像が見渡せるような仕事がしたい」という想いを伝えたところ、3年目から本社の研究企画部門へ異動することに。そこは、まだ治療法が確立されていない疾患領域を調査して新たな研究テーマを立案推進したり、あるいは、他社が探索し公開されている化合物のなかで、自社で開発が可能な導入候補品を検討するなど、まさに当社の新薬創出の戦略を考えて方向性を決める重要な部署。異動を告げられた時は正直自分でも驚きました。そこからまた、私の新しい挑戦がスタート。当初は、泌尿器科領域でまだ治療薬がない疾患をターゲットにした研究企画を任され、国内外の学会に参加して情報を収集したり、現場の研究者の方々とも議論しながら、新たな創薬の可能性を追求していくことに奮闘しました。

2013

未知の創薬技術を求めて、
社外との共同研究も自らリード。

本社の研究企画部門でキャリアを重ねるにつれて、新薬の戦略立案だけではなく、遺伝子治療などキョーリンがまだ手がけていない新規技術の調査検討にも携わるようになりました。そこでは、研究者の方々と共に大学との共同研究プロジェクトの立ち上げを行い、先方の教授の方々と両者でどのように研究を進めていくかなども協議。また、ある大学との共同研究では、国の競争的資金制度を活用した外部資金獲得を目指したプロジェクトに参画し、その申請資料の作成や当局との折衝にも携わりました。当時、私はすでに子どもを抱えていて仕事と育児を両立する毎日でした。時間的な制約もあり、しかも採択されなければプロジェクトが頓挫してしまうというプレッシャーのなか、何とか無事に採択にこぎつけ、研究をスタートさせることができました。本制度に採択されることは、本プロジェクトが社会的に意義のあるイノベーションとしてその価値が認められたということであり、チーム・社会のプレゼンス向上につながりました。こうした経験も、私をさらに成長させてくれたように思います。研究企画の仕事はなかなか一筋縄ではいかず、また成果が出るまで非常に時間がかかりますが、社内外のいろんな関係者の方々と協業しながら、自分が企画したことがうまく動き始めたと実感する時はモチベーションが大いに上がります。

2019

強みを持つ3領域に加えて、
新たな成長の柱を創っていく。

製品戦略はまさに事業全体が見渡せるポジションであり、最近は「キョーリンの未来を見据えて、今何を選択すべきか」を常に考えながら仕事に取り組んでいます。キョーリン製薬は「呼吸器科」「耳鼻科」「泌尿器科」の3領域を究めるスペシャリティ・ファーマとしての地位を確立していますが、未来に向けてさらに成長を果たすためには、それらに加えてもうひとつ、新たな柱を作らなければならず、その道筋を示すのが、まさに私たちに課せられたミッション。製薬会社の参入が難しい希少疾患の事業性評価などに取り組むとともに、研究企画時代の経験を活かし、遺伝子治療を含む再生医療など、従来の枠にとらわれない新事業の種も探しています。人々の健康に貢献できるものなら、何でも企画できるのがいまの私のポジション。もちろん容易なことではありませんが、ライフサイエンスの最先端に絶えず触れながら、キョーリンの未来を描いていくのは本当にやりがいがあると感じています。これからさらに力を身につけ、ぜひいままでにない事業をこの手で創り出したいと思っています。

これまでを振り返って

私が医療の世界を志すようになったのは、小学生の頃、身近に遺伝性疾患の難病の友だちがいて、なぜこのような病気になるのか、なぜ治療できないのかと子ども心に強く思ったことがきっかけでした。キョーリン製薬に入社し、長らく研究企画に携わって「技術」のことも「ビジネス」のことも理解し、創薬の方向性を考えて事業化していく役割を担い、そうした病に苦しむ人々の力にまさになれる立場に就きました。途中、子どもを二人出産しましたがキャリアが途切れることはありませんでしたし、私が望んでいたことを実現できるチャンスを与えてくれたキョーリンには、心から感謝しています。

これまでを振り返って

私が医療の世界を志すようになったのは、小学生の頃、身近に遺伝性疾患の難病の友だちがいて、なぜこのような病気になるのか、なぜ治療できないのかと子ども心に強く思ったことがきっかけでした。キョーリン製薬に入社し、長らく研究企画に携わって「技術」のことも「ビジネス」のことも理解し、創薬の方向性を考えて事業化していく役割を担い、そうした病に苦しむ人々の力にまさになれる立場に就きました。途中、子どもを二人出産しましたがキャリアが途切れることはありませんでしたし、私が望んでいたことを実現できるチャンスを与えてくれたキョーリンには、心から感謝しています。

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